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2004.03.20

江坂→緑地公園→江坂

仕事を終えて、服部緑地にある大阪センチュリー合唱団の練習に参加。

松元さんの指導を受けるのはほぼ1年振り。その間に全国レベルのコンクールでも活躍されたりしているのだが、この団でまともに指導をするのは初めてだそうで、彼女なりに緊張していた模様。
そこで、ハンガリーと日本の合唱界をつなぐ橋渡し役をされていた後藤田純生さんが亡くなられたことを伺う。

後藤田さんと言えば、元・NHKのチーフディレクターとして、「みんなのうた」を企画・制作されたことでも知られるが、私としては、サボー・デーネシュ先生来日の折、大阪の北御堂でクリニックを受けた時にお会いした時の印象、それから、その2年後に第2回コチャール・コンクール本選に出場した時にお見かけした姿などが印象深く残っている。
サボー先生のクリニックの際には、私が自分のサイトに書いた体験記(「サボー・デーネシュかく語りき」)を後藤田さんが主幹をされている機関誌に掲載することになり、大幅にリライトして、後藤田さん宛にメールでお送りしたこともあった。

ハンガリーからバンキエリが来日していることもあり、後藤田さんの死は10日間伏せられ、バンキエリの来日公演は予定通りに進められたと聞く。新聞にも11日の朝刊に訃報が掲載されていた(今ごろ確認した(-_-;))
12日に営まれた葬儀(カトリック成城教会)では、バンキエリのメンバーも参列し、「ドイツレクイエム」の終曲を6人で歌ったそうである(もちろん、松元さんも参列されたそうです)

今日、この場で松元先生が指導しようとしているのが、まさにこの「ドイツレクイエム」の終曲だった訳で、実に不思議な縁というものを感じざるを得ない。
ご冥福をお祈りいたします。

練習後は江坂に戻り(笑)、東急ハンズ地下の「OLD BAR」でレッドアイ2杯、タラモアデューのシングル(ストレート)2杯、ギムレット、ホワイトレディ各1杯を飲む。吉田君が大学卒業に伴って店からも卒業してしまったので、ゆうかちゃんがシェイカーを振ってくれた。

2004 03 20 12:54 AM [Chorus, 日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク

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