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2005.05.02

さらば、三越

さらば、三越2005年5月2日付毎日新聞夕刊・大阪本社発行分4版より。
立ち寄ったことは数える程しかないが、やはり一抹の寂しさは禁じ得ない。

日本商業史やチェーンストアの勉強をしたものならば、三井高利の名を知らぬ者はモグリと言われても仕方がないだろう。
それほど日本の商いの歴史の中で、三井が果たした役割というのは極めて大きく、当時としては極めてユニークなものだった訳だ。
三井広報委員会のホームページの中に、こういう記述がある。

高利は「現銀掛け値なし」という新商法を掲げ、呉服の価格を下げ、また、呉服は反物単位で売るという当時の常識を覆し、切り売りをして庶民の人気を集めたのです。

ここには書かれていないが、確かPBの先駆けのようなことまで手掛けていたのではなかったかな。
とにかく当時の商売の常識を見事に逆手に取って、新たなビジネスモデルを築き上げ、三井財閥の基礎を作った訳である。

その高利の呉服屋が「越後屋」であり、三越につながっていく訳だが、そんなことを考えると、やはり感慨深い。
私にとって、三越の思い出というと、阪神大震災当日のことになるだろうか。
当時堺筋本町に通勤していた私は、地震でJRも阪急も止まってしまった中、唯一動いていた京阪で大阪市内に入るべく、JR茨木駅前から京阪バスで枚方市まで出て、そこから北浜まで行って、堺筋を南下し、オフィスに向かった訳だが、そのときの堺筋は割れた窓ガラスが散乱する危険な道路であった。見上げると高層ビルが立ち並び、そこから今しも割れたガラスの破片が降ってくるのではないか、という思いにとらわれたものである。
そんな中、三越大阪店のあの威容もまた無事ではなかった。
これぞ歴史ある百貨店の典型、と言いたくなるあの三越が、あちこちで傷ついていたのだった。

感傷に耽っている場合ではなかったため、足早にその付近を立ち去った私だが、次に三越を見たときには、既に現在の形に生まれ変わった後だった(何故かトイレを借りに入ったような記憶が・・・(^_^;))
かつての威容とはまるでかけはなれたそのイメージ、そして規模の縮小ぶりに、三越の苦境を感じたものだが、その大阪店は5日に閉店、315年の幕を閉じる。現在はさまざまな特別展示が見られるようだ。

まぁこの「大阪撤退」は一時的なもので、2011年(予定)には大阪駅新北ビルへの入居が予定されていると聞く。
これが予定通りに行われるのかどうか、先のことだけにまだどうなるかわからない部分もあるかも知れない。しかし、かつて日本に君臨した流通の王者が、21世紀に入ってどのような巻き返しを図るのか、そのあたりは興味深い(そういう意味では、東京・日本橋本店で開始される無線タグなどのニュースは要チェックである)

****追記****
思えば、一年前の5月5日は、三越の近隣のライバルと言ってよかった、天満橋の松坂屋大阪店が閉店した日であった。
老舗の最後をGWの賑わいのうちに飾ろう、ということなのだろう。
そして、松坂屋の跡には・・・






どぞご贔屓に(_ _)

2005 05 02 11:38 PM [etc., 経済・政治・国際] | 固定リンク

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コメント

松阪屋の跡ですか。知りませんでした。
せいぜい利用させていただきます(^_^)

投稿者: まのちゃん (06-may-05 09:52:12)

ですよねぇ(^_^)
あそこなら、利用していただけそうなのはまのちゃんだと思っておりました。
何卒よろしくお願いいたします(_ _)

投稿者: ちいしゃ (07-may-05 00:02:14)

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