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2006.05.06

志のゆくえ:萱野茂さん追悼

萱野さんが亡くなった。
一人の、元国会議員の死というのではない。
一人の、民族を代表する象徴的存在の死である。

訃報:萱野茂さん79歳=アイヌ民族初の国会議員を務める-訃報:MSN毎日インタラクティブ

学生時代に「アイヌの碑」を読んで、さまざまなことを学んだ。

アイヌに関心を抱くきっかけは、おそらくは本多勝一の著書からだったろう。
「殺す側の論理」だったか「殺される側の論理」だったか、もしくは双方からだったかも知れない。
そこから興味がふくらみ、大学の語学研究所(語研)の公開講座でアイヌ語の初級クラスに通い、実際に東京に暮らすアイヌの方々と机を並べてアイヌ語を学んだものである。アイヌ語の、母音調和を色濃く残した柔らかな響きに心洗われる思いがしたことを思い出す。

田村すず子先生を中心にして、当時のクラスのメンバーで撮ったモノクロの記念写真が、今も藤本英夫さんの著書「銀のしずく降る降る」の折り返しに挟んである。
この本(新潮選書から出ていた)も、今は入手不可であるが、「銀のしずく降る降るまわりに」として草風館から再刊されているようである(値段は倍以上になったが)
「アイヌ神謡集」をまとめ、弱冠19歳にしてこの世から旅立った薄命の人、知里幸恵さんの生涯にスポットライトをあてたこの著書は、20代の私にとって、「夜と霧」「白バラは死なず」と並んで、多大な影響を与えた一冊であった。
著者の藤本英夫さんも、昨年12月24日に亡くなられたばかりである。

さて、話を萱野さんに戻さねばならぬ。
国会議員としての萱野さんの業績は、ご本人にとっては、おそらくは隔靴掻痒の至りだったのではないだろうか。
さまざまなことを提起した。訴えかけた。訴え、怒った。
あるものは人々の心に届き、あるものは届かなかった。

ある意味では、萱野さんの活動は奏功したものも多かったとは思う。
二風谷ダム建設の差し止め訴訟は、まさにその最たるものだ。

萱野さんの活動を、スタンドプレーと見る向きもあるかも知れないが、萱野さんがスタンドプレーをしなければならないほど、日本という国で、アイヌという少数民族の存在が、人々の口の端にのぼることは皆無に近かったのである。
そして、萱野さんの活動が局地的に成果を収めたにせよ、日本におけるアイヌの立場は、残念ながら今もまだ限りなく無に近い。このあたりが、まさに隔靴掻痒たる所以なのである。
今、萱野さんの志を引き受け、さらに大きく育てていくことができる後継者が真に俟たれる。

萱野さん、本当にお疲れ様でした。
どうぞ安らかに・・・

2006 05 06 11:47 PM [] | 固定リンク

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