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2012.02.11

よこみち☆たそがれ

そんなことはよくある話なのだが、何かについて調べているうちに、関連項目に意外な単語を発見して、そこから芋づる式に道を踏み外していく(んな日本語はない)、ということがある。
道を踏み外すことにかけては人後に落ちないちいしゃさんのこと、仕事が煮詰まっているときに限って、ついつい横道、裏道、隘路に踏み入り、ときに突拍子も無いワープを遂げる(俗に「逃避行動」と呼ばれる)

南海トラフ界隈に大量に埋まっているとみられるメタンハイドレートを、政府肝いりで試掘してみっぺ…という話になっているそうな、というニュースが出てきて、そう言えばメタンハイドレー「ド」ってどんなんやったっけ…とWikiさんに問い掛けると、何も言わずにメタンハイドレー「ト」の説明を表示してくれた。
きっと、アボ「ガ」ドと入力しても、何も言わずにアボ「カ」ドを表示しちゃってくれるのだ。奥ゆかしいぞ、ウィッキーさん(ホントに表示した)

で、メタンハイドレートの説明がちんぷんかんぷんなので、とっとと読み進めていくと、関連項目に「バミューダ・トライアングル」なんてものが出ている。
はて、あの海域もメタンハイドレートがふんだんに埋蔵されているのか、あるいは幾多の怪現象の原因がメタンハイドレートにあるのか・・・となると、ついついそちらも見てしまうワケです。
すると、どうやら後者、つまり怪現象の原因に関する仮説の一つとして、メタンハイドレートが絡んでいる、というものがあるらしい。
メタンの泡が大量に沸き上がってきて、船が浮力を失う、メタンを吸い込んだジェット機が燃料系のトラブルで墜ちる・・・みたいな(^_^;)
それじゃ紀伊半島沖なんて船も飛行機も通れんやないか、というワケで、この仮説はどうもマユツバトウシロウ(弟のトウクロウです)、ということになっている模様である。

で、バミューダ・トライアングルを読み進めていくと、なんと「うしろの百太郎」という項目を発見してしまったのである。
まぁドラマ、特にSFや冒険系、あるいはオカルト系などでは頻繁に出てくるエリアだし、関連して語られることも多いので、これはまぁなるほどである。
そして次の瞬間、つのだじろうの項目を検索しているワタシがいた。

個人的には「AR三兄弟」…じゃなくて「つのだ三兄弟」として認識していたのだが、実は「五兄弟」なのだそうで、じろう氏はその名が示すとおり次男。
長男・角田喜代一氏はキャメラマンで元スタジオ・ゼロの取締役、とある。三男・征三郎氏は家業の理髪業を継ぎ、理髪大会の元日本チャンピオン、四男がリュート奏者で「ダウランド&カンパニー」のつのだたかしさん、末弟がメリー・ジェーンでおなじみのつのだ☆ひろ氏である。
スタジオ・ゼロは例のトキワ荘メンバーが設立に関わっているので、長男・次男が共に関係者ということになる。

それはともかく、つのだじろうの項目で異彩を放つのが「梶原一騎との確執」である。
往時の少年マガジン愛読者であれば、「空手バカ一代」の作画が、なぜ途中でつのだじろうから影丸譲也に代わったのか、というのは、いろいろと謎だったし、憶測も呼んでいたことはご承知のことだろう。
小学生的には、あの絵柄の変更は「なんじゃこりゃぁ~」であったのを思い出す。すぐに慣れたけど(^_^;)

梶原一騎を検索すると、それはまぁ本人の生き様を映して、波乱万丈、毀誉褒貶、安閑宣化、欽明敏達・・・は関係なかった、とにかくてんやわんやな生涯を送り、周辺に多大な影響(つのだじろうのように甚大な被害、と言い換えた方がよいケースも多い)を与えてきた人物であったことがわかる。
そう言えば、実弟の真樹日佐夫氏も今年の年明けに急逝したのだが、この兄弟が存命中にはタブーとされていたようなことが、これからジャカジャカ掘り出されてきたり、滲み出てきたりするのかー・・・とか思ったりしている。

そして、マス大山を飛び越えて、たどり着いたのが「ケンカ十段」芦原英幸である。
「空手バカ一代」の後半の主人公と言っても差し支えない人物だが、最も印象に残っているのは、股間を損傷(まぁその、破れたワケですよね、袋が)しながらも戦うその姿である(^_^;)
※実際に「ケンカ十段」と呼ばれていたのは、同じ極真会館の安田英治だが(メガネを失った鳥坂センパイに敗れた人ですね…なんか間違ってる?)、マンガの中では芦原のキャラクターとして援用されている、らしい。

ちなみに、この芦原英幸氏、金子シャロン博士同様(いや、それ架空の人物ですから)、ALSに冒され、闘病2年にしてこの世を去っている(シャロン、まだ月面望遠鏡計画頑張ってますから・・・って架空の人物ですが)

「空手バカ一代」でもう一人、記憶に鮮明に残っていたのは中村忠氏である。
極真会館代表としてタイに赴き、現地でムエタイの達人と戦って、これを鮮やかに破ったことで知られている人物。
これも当時の少年たちに大人気だった「キックの鬼」の主人公である、キックボクサー・沢村忠氏の名は、この中村忠氏の名にあやかってつけられたリングネームである(本名は白羽秀樹氏)

その白羽秀樹氏に「沢村忠」のリングネームを与えたのが、野口修という人物である。
プロボクシング日本王者を父に持ち、自らは競技ではなくレフェリーやプロモーターとして活躍したのだそうな。
「キックボクシング」という名称を考案し、日本キックボクシング協会を設立したことでも知られている。

野口氏の会社、「野口プロモーション」は格闘技の興行だけでなく、芸能プロダクション的な業務も手がけていくことになるワケだが、そのきっかけは1970年、三谷謙という歌手と契約したことである。
三谷謙は1965年にデビューはしたものの鳴かず飛ばずで、プロ歌手としてのプライドをかなぐり捨てて、テレビのオーディション番組に出て、そこで10週勝ち抜き、番組の審査員だった山口洋子に見出された男であった。
三谷は翌1971年、芸名を「五木ひろし」に改めて、山口洋子・平尾昌晃コンビの「よこはま・たそがれ」で再デビューを果たし、スターダムにのし上がるワケである。

いやぁ、つのだ☆ひろと五木ひろしがメタンハイドレートを介してつながった瞬間である(違

で、南海トラフの界隈は南海地震の巣みたいなとこなので、うかつにほじくりかえして、えらいことにならんのんかいな、と、ちょっと心配なワタシである(+_+;)

2012 02 11 02:56 PM [etc., 意味不明・たわごと] | 固定リンク

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