2010.08.21

ぼっと

やっとこさtwitterのフォロワーが100人を超えたのだけど、1年以上やっていながら、いまだによくわかってないことも多くて、相変わらず限られた使い方しかしていないワタシである。
積極的にユーザー検索してフォローしまくる、ということもないし・・・
まぁ別に今はそれで不自由は感じてはいないが。

今日はふと思い立って、公式・非公式で様々なものが乱立しているbotをフォローしていくことにした<ヒマなんか<ヒマやねん

驚いたのだが、「名言」系のbotって、たくさんあるんですねぇ。
ウェブサイトには箴言系CGIを置いているので大きなことは言えないけど、他人が考える「名言」を、時を選ばずに読まされるのは楽しいのかなぁ、と疑問に思ったり。

取り敢えずエヴァと聖☆のキャラ系botを少し登録。
赤木さんと加持さんとイエッサさんはよくつぶやきますね(^_^;)
夜になると葛城さんのつぶやき頻度も高くなるようです。

3389417_549360902_116largeさて、今日の毎日新聞夕刊には稲垣「誰が式波やねん」早希ちゃんの記事が出ておりました。前は毎日放送の企画広告の中でしたが、今回はちゃんとした?記事の中。

この記事の隣が実はMBS開局60周年記念「よしもと新喜劇」の紹介で、宇都宮まきちゃんの名前がちらっと写っている・・・が、画面の隅でピントが合ってないというかケラレてるというか、で判読しづらい(^_^;)

しかしこの記事で紹介されている単独ライブツアー、どこもあっけなく売り切れてしまったようで(広島ぐらいかな、ちょっと時間がかかったのは)、この調子だと10月の「エリまき早希」もプラチナチケット化は避けられないだろう。

2010 08 21 10:52 PM [twitter, ことば, ロケみつ, 意味不明・たわごと] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2010.05.24

This actually tastes nice.

ちょっと気になっていた記事があって、いろいろと「なるほど~(「質問なるほドリ風には「なるほド・・・」)」なことがあったワケです。

自転車好きにはおなじみ、「tokudane news」の5月17日の箇所に続編があって、読者の方々からの意見が紹介されており、この辺がなかなか「なるほド」な感じである。

英語圏の人々にとって、「ポカリスエット」は「Sweat」の語感から、とても爽やかな飲み物とは思われていない(「汗だくポカリ」みたいな感じ?)
にも関わらず、飲んでみるとそのイメージを覆す味なので、「案外イケる」・・・という感覚で「This actually tastes nice.」なのでは、というのが読者の皆さんのご意見である。

この話の中で、「カルピス」が「Cow Piss」を連想させるので、これも英語圏の人にはネーミングでウケる、あるいは敬遠される、ということも書いてあった。
なので、海外では「カルピス」は「カルピコ」として売られている。

そもそも「カルピス」のネーミングの由来がすごい。
御存知の方も多いかも知れないが、何しろ名付け親は山田耕筰である。
「カルシウム」と「サルピス(サンスクリット語で次位の味の意味。「熟酥」)」、さらには「サルピル・マンダ(無上の味の意味。「醍醐」)」などを組み合わせて、様々な候補が上がった中で、どれが一番よい響きかを、当時の「音声学」の第一人者であった山田耕筰に判定してもらって、「カルピス」に収まった、ということである。
今なら、高橋悠治か坂本龍一に決めてもらうようなもんである(^_^;)
カルピス社史

どうでもいい話だが、銀座カンカン娘が愛飲するのも、他ならぬ「カルピス」である。そのものズバリの商標名で登場するので、NHKでこの曲を流すときは、この歌詞が出てくる4番は放送せず、3番でフェードアウトする・・・らしい(^_^;)
一つのグラスにストローが二本。青春ですなぁ(^o^)
高峰秀子と笠置シヅ子の競演。いやぁ・・・

・・・と、今日は仕事の行き帰りに遊佐未森さんの「檸檬」と「スヰート檸檬」を続けざまに聴いていたので、それにちなんで(^_^;)
「銀座カンカン娘」は「スヰート檸檬」に収録されとりますね。
4番もちゃんと収録されてます。

そうそう、間もなく李香蘭の自伝も読み終わります(^_^;)
今、既に山口淑子になってからの部分を読んでおります。
それはそれとして・・・
やっぱり「夜來香」は名曲ですなぁ・・・(これは「檸檬」に収録されている。もちろん「蘇州夜曲」も)
これを読んだら、お取り寄せしてもらった和田妙子の「マヌエラ自伝」を読むのだ。

2010 05 24 11:55 PM [Book List, Cycle, etc., ことば, グッズ, 日記・コラム・つぶやき, 飲食] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2010.02.28

ちれ

半世紀前の津波のときの地震はM9.5だった、というから、さぞや津波も・・・ということであるが、潮の干満や地形も大きなファクターなので、今回も予断を許さない、というのは当然のことだろう。

津波は波長が長い(普通の波なら長くても150mぐらいなのに対して、巨大津波は100kmを超すこともある)ので、たとえ1mの波高でも、まともにくらうと大変なことになる。一気に洪水が押し寄せてくるのと同じことである。
2mぐらいの波高の津波の場合、大海原にいても大して被害はないのに対して、沿岸部、特に海港(つまり「津」)での被害が甚大になるので「津波」というようになったそうである。

よく知られているように、国際的にも「Tsunami」で通用する。
大食いチャンピオンの小林尊氏も「Tsunami」と呼ばれている(^_^;)
人智を超えた存在・・・みたいなもんであろう。

国内では1896年の明治三陸沖地震津波で38.2mという波高が記録されている。
この地震は震度では2~3程度だったが、実際にはM8.5程度と推測されていて、三陸のリアス式海岸の奥の方で、とてつもない波高になったとのことである。
綾里湾の奥では、津波が湾内の小島の標高38.2mの峠を越えてきたので、一応38.2mとされているが、田野畑村の標高50mほどの民家にも津波が押し寄せた、という証言があるので、波高が50mを超えていた可能性も指摘されている(遡上によるものの可能性もあるが)

1993年の北海道南西沖地震では初松前地区で波高16.8mを記録した、とされる。このときも遡上高が30.6mに達した地点があったそうである。

2004年のスマトラ沖地震でも地形により34mの波高が記録されている。
1960年の(前回の)チリ地震でもチリ沿岸では20mとのこと。
「目にしたものは死あるのみ」・・・に近いよなぁ、こうなると。
蒼龍天羅か(^_^;)

津波は川も遡上するので、内陸であっても油断はできない。
もともとは存在していた鎌倉大仏の大仏殿が流されたのは、室町時代の地震による津波のせいである、とも言われている(諸説あるそうだが)
今回も千葉の鴨川を遡上しているニュース映像が見られた。

一方、地震が原因ではなく、岩石の崩落によるものとは言え、アラスカのリツヤ湾では520mという桁外れのものがあって、これが現在のところ世界記録である。
ここは氷河に浸食された地形ということもあって、しばしばこういう巨大な「しぶき」が上がるポイントとして知られているそうな。

これが例えば6500万年前にユカタン半島に衝突した巨大隕石(直径10kmとも言われる)となると、津波の波高は数千mという話である。
こういうのは1億年に1回ぐらいは起こっているらしい。
こういうのが起きると、生物の種の絶滅や生態系の激変が起きる。
恐竜の絶滅の原因の一つともされているが、結論が出ている訳ではない。

地球の歴史で、過去8回ぐらいは起きているのでは、と推測されているのが「地殻津波」
こちらは直径400kmクラスの超巨大隕石が、時速数万kmで地球に衝突することで発生する。
「津波」と言っているが、実際には地殻がめくれあがって、一部は宇宙空間に放出されてしまう。そのめくれあがり方が(スケールなどはともかく)津波に似ている、ということで「地殻津波」と呼ばれるワケである。
このときは、地表面の温度は6000度にもなり、岩石が融解・気化して1500度の蒸気になり、海の水は分速5cmで蒸発していき、やがて全蒸発。
その後徐々に冷却して数千年は雨が降り続ける・・・という(^_^;)

このクラスになると、地球上に、現在につながる生命が生まれて以降は起きていないと思うのだけど、そんなことを見てきたように語れるほど面の皮は厚くないワタシである。

さて、ニュースでもそうだし、ワタシも上で「チリ」と書いているけど、"Chile"は現地読みなら「チレ」である。
Wikipediaを引用すると
República de Chile (レプブリカ・デ・チレ)。通称 Chile (チレ)。
ということになる。

もっとも、その語源は現地先住民の言語ケチュア語などである、とも言われ、「チリは変でしょ。絶対チレでしょ」と言い張れるほどの度胸もワタシにはない(^_^;)
でもまぁ一応フットボール方面で話題にするときには「チレ」と表記する習わしである(他は「アルヘンティナ」とか「ブラジウ」とか「メヒコ」とか「エーラ」とか「エラス」とかかしら。まぁ趣味の領域ですが)

2010 02 28 03:34 PM [etc., ことば, 宇宙, 日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2010.02.06

ジャンヌ/浅田飴

昨日の「火刑台上のジャンヌ・ダルク」の話の続きだが、どうも聴いていると、ネイティヴの方の発音が、「シャンヌ」とか「チャンヌ」に近い感じに聴こえる。
「シャ」と「チャ」の中間で、ちょっと濁ってる、という感じ。
「シ゜ャンヌ」と表記してみたいところ。

さて、「南天のど飴」がなくなったので、今度は「せきこえのどに」の「浅田飴」を購入。
ところが、缶に書いてあるのは「せき・のど・たんに」である。
永六輔も遠くになりにけり・・・ってほどでもないか。

職場の女子に「浅田飴ってなんで浅田飴なんですかねぇ」と訊かれて答えられず、思わず話を「南天のど飴」からストーカー社長の話に持っていってケムに巻くことに成功した(つもり~)

で、「浅田飴」の由来であるが・・・
何しろ会社名からして「株式会社浅田飴」、創業家が浅田家であるとか、浅田地方(どこ?)の伝統的製法による飴であるとか、なんかそういうようなことかな、と思ったら、さにあらず。

宮内省の侍医であった浅田宗伯さんが処方したので「浅田飴」なんだそうな。
そもそも「株式会社浅田飴」になる前は創業者の名前をとって「堀内伊太郎商店」だったワケで、どこが浅田家やねん、何が浅田地方やねん、という次第である。

で、この創業者・堀内伊太郎の三男が、音楽之友社を設立したり、作曲家、作詞家、音楽評論家として活躍した堀内敬三その人である。
堀内敬三というと「若き血」の作詞・作曲が有名である。
この曲に対抗して「紺碧の空」が作られたが、こちらはシューベルト作曲(ではなくて古関裕而作曲、作詞は住治男)

それはともかく、「浅田飴」は「南天のど飴」より少し小振り。
但し、「南天のど飴」は1缶に33個入りだが、「浅田飴」は50個入り。缶自体も「浅田飴」の方が一回り大きい。

もう一つの大きな違い。
「浅田飴」は第2類医薬品であるが、「南天のど飴」は第3類医薬品である。

2010 02 06 10:56 PM [etc., ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2010.01.01

あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくおねがいします。

これを略して「あけおめ、ことよろ」というのが一昔前に流行ったが、こういうのを今使うと、さすがにTwitterで「○○なう」と書くぐらい恥ずかしいような気がする。

では、どう略すか。

「あお、こよ」うん、あるかも。

しかしまだ短くできるぞ。

「あこ」そうだ、短い。

だが、究極の短縮形が残っているではないか。

「あ」

もはや何をどう略したのか、さっぱりわからない。
マイミくさんのハンドルでないことだけは断言しておく。
   ↑この辺、芸細かい

すみません、今年もこんなんですが、あきれずご愛顧賜りますよう、伏してお願い奉り候う所存なりけり、でございます(_ _)

年越し7分前に急に思いついて「火の鳥」の子守唄~フィナーレで、今回もインスタントに年越しプログラムを完遂。昔は10時間ぐらいの年越しプログラムを組んでいたものだが・・・
ちなみにヱビス飲み飲み、ツール最終ステージ再放送を眺めながら、でございました(^_^)

2010 01 01 12:38 AM [ahorism, twitter, ことば, 意味不明・たわごと] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2009.12.19

今年も正しいクリスマス(^_^;)

さて、ほ さんからリクエストがあったので、今年も「’」の話(^_^;)

それにしても、一向にあの「X'mas」という謎の表記が減る気配がないのだけど、本当にあれは何を省略しているのだろう・・・
何かを省略しているのだけど、書いてる本人も何を省略してるのかわからなくなってるのかも知れない。
そもそも、Xで始まる単語というのはそれほど多くはない。
中国語では結構ありそうな気がする(ほ さんのフォローが待たれる(^o^))

「ザナドゥ(Xanadu)を夢みてます」の略か(^_^;)
「ゼビウス(Xevious)を飽きずにやってます」の略かも知れない(-_-;)

それはそうと、もういくつ寝るとクリスマス、である(^_^;)
クリスマスは「Xmas」と表記するのが普通である。
英語で全部書きたければ「Christmas」である。

「クリスマス」の正しい表記については「日本クリスマス協会」のサイトでご確認を。

「Xmas」の「X」はギリシア文字の「Χ」である。「カイ」あるいは「キー」「ヒー」などの音で転写されるが、これ一文字で「キリスト(クリストス)」を意味する、そうである。

一文字でもよいのだが、キリスト教を初めて公認した、と言われるローマ皇帝コンスタンティヌスに関して、彼が歴史の表舞台に浮上してくる大きな節目となった「ミルウィウス橋の戦い」を前にして、夢の中に「ラバルム」がヴィジョンとして現れた、という話があるらしい。

史実かどうかはともかくとして、その「ラバルム」とは「ΧΡ」(「キーロー」とも読まれる)の合成字であり、キリスト(Χριστος )の頭2文字を引っ張りだして、くっつけた、というものである。

Wikipedia(en)の「Labarum」のページにそのシンボルが掲載されている。
英語版
日本語版

つまり天下分け目の戦いの前夜に、キリストを意味するシンボルを夢にみた、ということになるワケで、キリスト教信者から「大帝」「亜使徒」とまで呼ばれることになるコンスタンティヌスの事績に、キリスト教的な味付けを加えるのに大いに役立った、ということは言えるだろう。

もっとも、本人は最後まで最高神祇官、つまりローマの多神教の最高権威(名誉職みたいな面もあるが)であることもやめなかったので、純粋なキリスト教信者であったとは到底言えないのだが(^_^;)

ローマ皇帝でありながら最高神祇官を兼務することを拒んだのは、彼より後のテオドシウス帝(東ローマ帝国においてキリスト教を国教化した)である。

ということで、こんなんでいかがでしょう?(^_^;)>ほ さん

2009 12 19 11:25 PM [ahorism, ことば, 意味不明・たわごと] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2009.09.26

ほねとかわとがはなれるおと

阿辻哲次先生の「漢字の相談室」を読み進めているが、結構気になってしまったのが「砉」という字に関するあれこれである。
※なおこの字はUNICODEでしか表示されないので、ご覧になる環境によっては見れない場合もあるかも知れません。悪しからずご了承ください。
音読みで「けき」、というのも珍しいが、諸橋博士の大漢和辞典の字訓索引では「ほねとかわとがはなれるおと」として紹介されている。
これをもって、「最も長い訓読みを持つ漢字」と呼ばれることもある。

だが、と阿辻先生は書く。
それは訓読みではなく、あくまで字義である。
そもそも大漢和の字訓索引の凡例にも、あてはまる訓読みがないので字義を記したケースが他にもあるらしいことがほのめかされているらしい。
クイズの問題として採用したいのだが、と問い合わせてきたテレビ局の人(お抱えのリサーチャー)には、「問題として成立せえへんからやめとき」とお答えになられたそうである。
良心的だ(^_^;)

学生時代、まだ前の版で、今より一回り小振りだった大漢和辞典にさんざんお世話になったワタシではあるが(サークルの仲間では台湾版などの紙質の悪い海賊版を購入された方も結構多かった。ワタシは古本屋でこれの圧縮版である「広漢和辞典」を購入したが)、この辞典の場合、あんまり字訓索引を使用する機会はなかったような気がする。
もしそういう機会がそこそこあれば、そういうネタには割と鋭敏(^_^;)なワタシなので、20代の頃からそういうつまらん(しかも誤った)トリビアに取り憑かれて、あちこちで吹聴しまくっていたことだろう(^_^;)

Keki試みに、Japanist2003ではどうなっているか、調べてみる(上図参照)
なんと「ホネトカワトガハナレルオト」が訓読みとして採用されている。
Japanist2003、アホである(^_^;)

ところが、これまた試みに、「ほねとかわとがはなれるおと」でググってみると、「これが一番長い訓読み!」と嬉々として(あるいは素直な驚きと共に)紹介してあるサイトが山ほどある。

こんなものは字義なのであるから、もっと長くしようと思えば「ほねとかわとをちからをいれてひきはがすときのおと」にすればよいだけの話だ。
そんなもの、訓読みとは呼ばない。

その伝でいけば、「欺」の訓読みを「そふてっくとうかいによりうんえいされらくてんにしゅってんしているかでんおうこくがおこなったのではないかとされているこうい」としてもよいだろうし、「鶩」と書いて「そのかたちをもしてらばーでつくられてかわもにうかびそれをみるためにがれおんがあししげくかようぐらいらぶりーなみずとりでまがもからじんいてきにつくりだされたかきん」と訓ませてもよいのだ。

そんな中、非常に的確なコメントをつけておられるサイトもあった。 →こちら

阿辻先生以前に、ここで5年も前に結論が出ていたようである(^_^;)

しかし、このネタを扱うとき、みんな決まって「骨と皮が離れるときの音って、どんなんやろ」とか「ゾっとしますね」とか書いているが(きっと、凌遅刑のようなシチュエーションを想像されているのだろう。うー、やだやだ(>_<))、間にある肉の存在を絶対忘れていると思う(^_^;)
骨と皮だけになって、それがくっついていたら、もうそれが離れる音が気味悪いとかいうレベルではなく、その状態が既にアウトなような気がするワタシである(^_^;)

2009 09 26 10:55 PM [ことば, ウェブログ・ココログ関連] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2009.07.13

名前を考えてやる

まぁね、ホールディングカンパニーとしてはうちらが先輩じゃけん、名前でも考えたるで、よう聞いとき。

まずは事例をもとにした類型研究から。

1.そのまんま並列型

これはもう「コニカミノルタ」が出色。
今となってはどこがコニカなのかよくわからない。

2.その他

いろいろある。

・・・と、様々な事例に接してみて理解が深まったところで、作例を。

a.キントリン・・・トキ(鳥のだよ)を見つめる天帝の娘
b.キリー・・・スキー選手です
c.キリンサン・・・ぞうさんの方がもっと好きです
d.キリサントン・・・それは和菓子ですか、ちがいますか、そうですか
e.キトサンリン・・・カニ由来成分飲料開発
f.サントリン・・・鏡音もののけ姫
g.サキリリン・・・悠木千帆の生まれ変わり(ちがう)
h.サリトリ・・・アンガージュマンを目指す飲料メーカー。飲むと嘔吐する
i.サトリン・・・忘我の境地を目指す飲料メーカー。飲むとトリップする
j.トリイキン・・・明治37年のお生まれです
k.トリン・・・The Real-time Inryo system Nucleus

しかしこうなると、対抗して大日本麦酒復興、という話が現実化するのだろうか。

2009 07 13 11:08 PM [ahorism, ことば, ニュース, 意味不明・たわごと] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2008.09.16

バンカメ

急に既知の言葉のように使われてもなぁ・・・(=_=;)

なんか似たような響きの言葉(どこかの屋号かブランドか)を知っている気がするのだが、思い出せない。
置き薬の「ぬのかめ」・・・は、ちょっと遠いなぁ。

音的には近いけれどまるで違うのが「バンカナ」
本職ではもう一つパッとした成績を残せていないが、ピアノを弾けるお嬢様系女流棋士として個人的に非常に名高い板東香菜子女流2級@現在休場中。
写真集も出してます(^_^)→こちら
(持ってないけど)

七生おばちゃんの秋、日本の秋。
「迷走する帝国(上)」にようやくとりかかる。文庫版は早32巻か・・・
ああ、「ワシントン人の物語」ではないです。「ローマ人の物語」

2008 09 16 11:15 PM [Book List, ことば, 将棋, 意味不明・たわごと] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2007.12.01

久松るす

今日の毎日新聞の「余録」は面白かった。
こういうコラムを読むと、新聞の底力というのを感じる。

余録(2007/12/1)

近年、既存のマスメディアの凋落や不信というものがしきりに喧伝されるし(事実、そういう側面も大きいけど)、そのような言説を好き放題に語っている人を数多く見かけるが、そういう風潮に流されているか、ステレオタイプな物の見方しかできない人たちなのだろうと思う。

何にでも負の側面というのはあるし、時代と共にそれらは移り変わる。
是は是(もちろん非は非)として受け止めるだけの度量(そういうのをリテラシーと呼ぶのではないのかな)が、次第に貧弱になってきているのかも知れない。
他ならぬマスメディア自体がそういう流れを作って、助長してきたことも事実であるが、そんなものは元から自分の力で身につけていくべきものだ。
そして、日本というのはそういう力を個人が持つことを嫌ってきた風土があるのかも知れない。「みんな飛び込んでますよ」と言われて嵐の海に飛び込むのが日本人である、というのは、世界に流通する有名なジョークである。

それにしても、インフルエンザの猛威に対して、「インフルエンザ=お染」と読み替えて、「うちには久松はいないよ」「だからお染は来ないでおくれ」と対応していた時代が、ほんの116年前のことであった、ということは実に興味深い。当時の人たちにとって、久松とお染の恋仲という「記号」は社会的に共有されているものであったことがよくわかる(お光でなくお染であるところがやはり重要)

興味を持ったので、ネットで少し調べてみると、藤山寛美の松竹新喜劇に「お染風邪久松留守」なる名作があるとのこと。こういうものも一度は鑑賞しておきたいかな。
まぁそんなことも含めて、いろいろと示唆に富むコラムだった(^_^)

「お染風邪久松留守」DVD紹介

皆さんもインフルエンザにはご注意を。

2007 12 01 07:11 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2006.12.24

今年もあちこちで

「X'mas」という不思議な文字列が氾濫していた。
意味不明なので、どういう意味なのか、勝手にいろいろ考えてみたことがあった。
ahorism No.106

こんなものを書いていたのはもう5年も前の話だったのか(^_^;)
ちなみに、こちらも目を通しておくとよいかも知れない。
日本クリスマス協会「正しいクリスマスについて」

さて、サンタさんにお願いをしたワケではないが、新しいPCが届いた。仕事から帰ってきて、取り敢えず17インチ液晶ディスプレーだけ自室に運び込む。
パソコンラック周辺を少し整理してキレイにしてから設置しようと思っているので、今夜中に起動するところまでいくかどうかは不明である。
その前に、戻ってきたFMV C301の解体が中途で止まっているので、ネジを外してHDDを摘出せねばならない。
IDE-USB変換ケーブルは会社に転がっているのを借りてきたが、電源なしでも大丈夫なんだろうか?

2006 12 24 10:44 PM [ことば, パソコン・インターネット, 日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2006.07.26

発しようが達しようが

今年も恒例の調査結果が出た模様。

国語調査:「怒り心頭に発する」を「達する」と誤用多く-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

調査は結構なことであるし、その結果はなかなか興味深い。
問題は、それに対する「識者のコメント」なるやつであろう。

今日は休みだったので、割と早い時間帯からTVのニュースなども観ていたが、某局は某スカポンタンに意見を求めていた。そしてこのスカポンタン、「危機的状況である」などとのたまう。

言葉の使い方が昔と違ってきている、違った言い回しが広まっている、まるで反対の意味になってしまっている・・・などなど、言葉をめぐっては様々なことが起きていて、様々な人がそれについて言及している(こうしてブログに書いている私も多分その一人ということになるのだろう)

「国語」だとか「日本語」だとかいうレベルで言葉を考えて、あまりに甚だしい逸脱は困る、とか、変わらないことが望ましい、などというのは、実に官僚的で、言語を功利的な観点でしか見ていないように思う。「昔の日本語は美しかった」「そういう美しかった日本語を声に出して読みましょう」などという輩は、まぁ官僚どもの格好のアドバルーン役を、自発的にか、結託してか知らないが、担っていると言わざるを得ない。
某局が某スカポンタンに意見を求めるのは、官僚的視点を強化するという意味では、多分妥当な人選なのだが、しかしそれは視点を変えればただの自家撞着でしかない。

日常生活の中で・・・それはビジネスであろうが、プライベートであろうが、現実に生きている人間がコミュニケーションのために用いている言葉は、「国語」だとか「日本語」だとかいうレベルで規範と化し、ある意味現実と遊離してしまっているものとは、また違ったものなのだと思う。そう、言うなれば、両者は乖離していくのが自然状態なのだ。

日常生活の中で接する言葉の中に、「その言い方は何か違和感あるなぁ」とか「もうちょいすっきりした言い方があるんとちゃうん?」などと思うことは多々ある。しかしそれは「国語」として、とか、「日本語」として、正しくない/逸脱している、というよりは、自分がこれまでの日常生活の中で使い、接してきたものとの比較においての話である。自分ではそういう言い回しはするまいと思い、あるいはこういう場で「これっておかしいよね」と書いてみたところで、それは自分の中にある尺度、いわばベンチマークとの乖離(トラッキングエラーですね(笑))を再確認しているに過ぎない。

百歩譲って、そういう個々人がもっているベンチマークが、何らかの形で官製の「国語」の影響から免れる訳ではない、ということを認めたとしても、理念として「不変にして普遍」であるところの「国語」とは、乖離していくのが自然なのである。官製「国語」に仮託して、日常生活で用いられる言葉を論評するのは、生活者の視点を欠いた、傲慢なものでしかないように思う。
そして、このニュースを伝えるときに、そのようなスカポンタンの意見しか伝えない放送局の、言葉に対する認識というものも、残念ながら極めて硬直したものなのではないか、と疑わざるを得ない。

2006 07 26 09:53 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2006.07.06

アナタ、一体誰?

・・・とくれば、「ハナテン中古車センッター♪」である。

ちゃうがな。
飽きもせず、というか、相も変わらず、というか、外国人の人名の話である。

ツール・ド・フランスの中継を観ていると、そこで白戸さんとか谷口さんが言っているのが何となくデフォルト・・・という印象を受けてしまうが、サイスポ(Cycle Sports)などの雑誌をひもとくと、これがまたちょっと違っていたりする。
さらにmas ciclismoなどのサイトを見ると、ここでも微妙な差異がある。

そして極めつけは新聞である。多くはロイターなどから配信されたものを、ロクに競技の模様も知らない記者が訳したりしている可能性が高いが、こういうところに載っている人名を見ると、まさに「これ、一体ダレ?」状態。

例えば前年のマイヨ・ヴェール、今年もプロローグで勝ち、第1ステージでゴール直前にPMUのビッグハンドが当たって腕から大出血、第2ステージではゴール前スプリントで片足がペダルから外れて、「片足走行」を敢行、第4ステージではゴール前スプリントで妨害行為をやってしまって降格・・・と、大活躍のノルウェイ人、Thor Hushovd選手。

J SPORTSでは一貫して「ハスホフト」と呼んでいる。
一方mas ciclismoでは「ヒュースホーウト」と表記されている。
Yahoo!スポーツのツール特設サイトでは「ハスホフト」という表記もあるが、一部「フスフォウド」なる表記も発見。
そして、ロイターはなんと「フショブト」!

思い出すのは同じノルウェイのフットボール選手、Ole Gunnar Solskjaerである。
0-0 empateでは「ソルスールスキアシャール」と表記する・・・のはともかくとして(笑)、彼が注目されだした頃は、「ソルスキア」と表記され、呼ばれることが多かった。
それがいつごろからか、「スールシャール」が優勢になり、今はすっかり「スールシャール」が定着している。
ただ、ノルウェイ・ネイティヴの発音から「ソーシャーに聞こえる」という説もあり、なかなか難しい。

北欧つながりで言うと、イングランド代表監督をつとめたSven Goeran Eriksson(oeはoにウムラウト)
彼もローマで監督をやっていた頃は「スヴェン・ゴラン・エリクソン」で定着していたが、イングランド代表監督に就任してからしばらくすると、「スヴェン・イェラン・エリクソン」説が浮上し、スカパーなどはいち早くその説に乗っかったようである。確かに有名なGoeteborg(このoeもoにウムラウト)という町も、「ゴートボーグ」と呼ばれることはなくて、普通「イェテボリ」もしくは「ヨーテボリ」と表記されるのだから、「イェラン」がかなり近いのであろう。
彼の母国・スウェーデンの代表監督はLars Lagerbackであるが、殆どの日本のマスコミでは「ラーゲルバック」と表記するが、スカパーでは「ラーイェルバック」派も根強い。

さてツールに戻る。
序盤戦ではスプリンターが大活躍するが、その中でも「ヘッド・バット・オージー」ことRobby McEwenはスプリンター中の王者である(ペタッキが出ていないこともあるが)

J SPORTSでは一貫して「マキュアン」と呼んでいる。
mas ciclismoでは「マキュエン」と「マキュウェン」の両方が見られる。最後の「en」は、多分日本語の母音では表現できない、「エ」と「ア」の中間的な音なのだろう。

そう思っていたら、今年も新聞で見ました。

「マクユーイン」

アナタ、一体誰?

2006 07 06 11:54 PM [Cycle, Football, ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.10.31

「おります君」変身

以前、「現在未完了完了進行形」で紹介したJR茨木駅で用いられる不思議な表現、「間もなく快速姫路行きが到着しております」を駆使する、通称(と言っても私が個人的にこっそり名づけているだけだが)「おります君」のアナウンスが、今日になって変化していた。

「間もなく快速姫路行きが到着・・・いたします」

ワンテンポ考えないと出てこないあたり、まだ日本語の使用がやや不自由、という印象を受けるし、注意して耳を傾けていると、5回に1回ぐらいは「おります君」に戻ってしまっているときがあるが、ともあれ随分まともになった。
きっとお客さんからのクレームがあったか、JR内での査察(笑)で引っかかったのだろう。
茨木駅の風物詩が一つなくなったような一抹の寂しさが・・・ないない(笑)

2005 10 31 10:51 PM [ことば, 日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.04.22

現在未完了完了進行形

「2番線に宝塚方面新三田行きの列車が入っております

最近のJRに流行の表現。
実際にはまだホームに電車の姿はなく、今まさに入ってこようとしている、という時に使われる。
不思議な日本語である。

少し前から耳にするようになって、「何故そういう言い回しをするのだろう」と考えた訳だが、一つには

*「早よ電車来んかぃ」と思って待っている客の気持ちを少しでもやわらげようとしている

というのはありそうな話だ。
まだ到着していない、停車して、乗れる状態になっていないにも関わらず「入っております」、という物言いをする言外の意味としては、「確かにあなたの目の前にはまだ乗れる電車は来ていないが、こんなことをしゃべっている最中にも入線し、停車して、乗れる状態になる・・・かもね」という、なだめすかしながら、時間が解決することを願う、という気持ちが含まれているのであろう。しかし、概ね、そう語り終えてからも電車の姿が見えないことはしばしばである。

そんな訳で、早速ワタシもこの表現を活用してみたい。

「日本は、世界に貢献し、平和を愛する国家になっております」

2005 04 22 01:05 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.04.16

倉敷節

プロサッカー選手は、試合用のブリーフはクラブから支給されるものを穿くのだそうだ。
試合が終われば返却。ということは使い回しならぬ、「着回し」がされるということだ。

先週の"Foot! viernes"では、セビージャの試合用ブリーフ(赤)がプレゼントとなっていたが、今週その当選者を発表するにあたって、倉敷さんが

「ラララ 真っ赤なブリーフの当選者は・・・」とやったもんだから、思わず噴き出してしまった(^o^)

狙っているのか、あるいは自然とこういうセリフが出てしまう体質なのか、よくわからないが、生中継の実況をしているときでも、遠慮なくこの手のフレーズが飛び出すので、反射的に出る人なのだろうな、と思う。
ただ、そうなるためには、様々な言葉やフレーズ、人名、地名、歌や映画やTV番組のタイトルや歌詞、セリフなどが氏の内側に大量かつ幅広く蓄積されておらねばならず、加えて、それを思いもよらない形でピックアップし、時に唐突なタイミングで(時には「出るかやはり」的なタイミングで)、複合技にして表出しなければならない訳で、要するに何が言いたいのかと言うと、氏の物言いは、ちょっとしたオヤジギャグであっても、高度に文化的で、含蓄がある、ということなのである。
・・・








真っ赤なブリーフからそこまで言うな>わし(笑)

2005 04 16 12:07 AM [Football, ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.04.12

町・町・谷・谷

横丁?2005年4月12日付毎日新聞夕刊大阪発行分より。
「ジャンジャン横丁」か「ジャンジャン町」か・・・ネット投票や商店街での直接投票の結果、248対70で「横丁」の勝利。
まぁお遊びなので、だからどうなる、というものでもないけれど。

関西語と関東語の相違点はたくさんあるが、「町」と「谷」の読み方の違いも結構有名なものだ。
関西では「まち」と「たに」、関東では「ちょう」と「や」
「本町」と書けば、関西人は「ほんまち」と読むし、関東の人なら「ほんちょう」と読みたくなるところではないだろうか。私も東京で暮らしていた頃、「板橋本町」というところに数回行ったことがあって、最初に行ったときに、それが「いたばしほんまち」ではなく、「いたばしほんちょう」である、ということに、少なからぬカルチャーショックを受けた記憶がある。
ただ、古い由来のある地名を除くと、関西でも「町」を「ちょう」と読むケースは、実はかなり多い。

「谷」というと、関西では「鰻谷」とか「桃谷」とか神戸の「伊川谷」とか「押部谷」とかいろいろ出てくるが、殆ど例外なく「たに」「だに」と読む。
関東だと「四ツ谷」「市ヶ谷」「阿佐ヶ谷」「越谷」などがどんどん出てくるが、これも殆ど例外なく「や」である。
うちの会社のFCのオーナーで「谷澤」さんという方がおられるが、関西なので「たにざわ」さんである。関東系なら「やざわ」さんになるところか。

大阪には有名な「谷町」がある。一丁目から九丁目まであって、そこを貫く南北の道は「谷町筋」であり、その地下を走るのは地下鉄の「谷町線」である。
もちろん「たにまち」である。間違っても「やちょう」ではない(^_^;)

で、そういう大阪の、最も大阪らしさを表している町の一つでもある新世界で、「ジャンジャン横丁(横丁というのは関東系の言葉らしい)」が「ジャンジャン町(まち)」にトリプルスコアをつけて勝利を収めた、というのは、ある意味不思議な現象である。もちろんこの結果に憤っている地元の人々も多くいるそうである。まぁその気持ちもわからないでもないが、私もどっちかというと「横丁」の方がしっくりくるから、確かに不思議だ(笑)

2005 04 12 08:17 PM [etc., ことば] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2005.04.03

なにげにさりげにけしからぬ

今日の毎日新聞の書評欄で「ことばの由来」という本が取り上げられていた。
まだ読んでいないが、この手の本(新書である/ことばに関する本/だけど齋藤孝じゃない(笑))は取り敢えず読んでおこう、という性向があるので、多分近々購入して読むことになるだろう。

その書評は小西聖子さんが書かれているのだが、その中に

「最近、若い人たちの間では、『なにげに』『さりげに』と使うことがあるようだ。(中略)なかなか興味のあることである。」さすがに言語学者、達観している。

という引用と感想が書かれていて、ふと思ったのが、昨日読み終えた「性の用語集」である。
様々な性に関わる用語(その中には「性」そのものも含まれるのだが)の由来や変遷、消長といったものが取り上げられている労作であるが、戦前、あるいは明治期などの文献などもよく引用されていて、その中に「怪しかる」という表現が何回か登場しているのである。
「怪しからぬ」ではない。「怪しかる」

私はこの言葉を非常に新鮮に感じた。
それで、「怪しかる」を「大辞林」(と言ってもYahoo!辞書検索で、だが)でひいてみると、「ふしぎだ。異様だ。えたいがしれない」という意味になる。「いっぷう変わっている。おもしろい」という意味もあるようだ。平家物語や増鏡にも用いられていた、古くからある言葉であるが、「性の用語集」に引用されている昔の文献(明治期あたり)で使われているときの使われ方からは、「不届きな」とか「許しがたい」、つまり今でいう「怪しからぬ」の意味が伝わってくる。おそらく、「怪しかる」にも、単に「ふしぎだ」とか「いっぷう変わっている」というだけでなく、「感心できない、悪い」という意味が、そもそも備わっていたはずなのである。

それが今では「不届きな、許しがたい、感心できない、悪い」という意味では専ら「怪しからぬ(怪しからん)」が使われ、「怪しかる」は使われないというのは、これこそふしぎな話である。
つまり、「なにげない→なにげに」「さりげない→さりげに」とは逆に、否定形にすることで、以前と同じ意味を持たせるような使い方に、この言葉は移り変わってきている、ということなのだろうか。→説1

まさかとは思うが、「けしかる」→「けしからむ」→「けしからん」(→「けしからぬ」)という移り変わりがあったとか?
推量の助動詞「む」が「けしかり」の未然形「けしから」につき、それが発音の上では「けしからん」と読まれ、何故か打ち消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」の終止形への転化と解されたのか?→説2

しかし、助動詞「ぬ」にはそもそも完了の意味合いもある。勝手に否定形だと思っていたが、実は「けしかり」+「(完了の助動詞としての)ぬ」=「けしからぬ」なのだろうか。→説3

こうなると気になるので、「広辞苑(第四版)」を引っ張り出してみる。
すると、そもそも元々の「けしかり(怪しかり)」の意味として、「わるくはない。ひとかど面白い」という意味が出ているのに目がいく。しかしこの「わるくはない」は倫理的な善悪の問題ではなく、「つまらなくはないね」という意味での「わるくはない」である。
その前に「けしからぬ(怪しからぬ)」の項目があるが、何とそこには「⇒けしからず」と書かれているではないか。この時点で、説3はアウト(笑)

問題の「けしからず(怪しからず)」である。そこにはこう書いてある。

(打消の助動詞ズが加わってケシの、普通と異なった状態であるという意味が強調された語とも、ズの打消の作用が「・・・どころではない」の意となった語ともいう)

新村出さん(ではないかも知れないが)も、「やっぱり変だよね、この語は・・・」と思って、いろいろ調べられたのだろう。その形跡が、この説明文から伝わってくる。そして、ここでは結論が出ていないようだ。
ここで引用されているものや、ググって出てきた用例などを見ても、「けしからず/けしからぬ」は大昔から使われている。意味も今と変わらない。「よくない。感心できない。わるい」とか「不法である。不都合である。不当である」なんて言う語釈もつけられているし、古典からの引用もある。
つまり、上に挙げた説1、2、3のいずれもハズレである。昔から人々は、今と同じ意味で「怪しからぬ」と言い、書き表してきたのである。
とにかく、ある語の否定形が元々の意味と同じ意味や、その強調形として用いられることがある、という訳だ。

ネットでいろいろ調べていくと、これに類する話は結構あるようで、「感に堪えない=感に堪える」なんていうのもそうだし、大阪語などでは「せわしい=せわしない」などがある。

そのようなことを念頭に入れると、「何気に」「さりげに」を一方的におかしな言葉だ、とは決めつけられなくなってくる訳である。そして、そもそも言葉は生きて、変化を続けていくものである。それも、思いもよらない経緯で変化していく、不思議なものなのである。

2005 04 03 11:29 PM [Book List, ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.03.03

松林檎

いや、確かにそうなんだが。
どことなく無理を感じてしまうのは何故だろう。

いっそのこと「パイナッポォジュース」の方が近い気がするんすけど…050303_225701.jpg

2005 03 03 11:06 PM [Photograph, ことば] | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック

2005.02.25

誰かチクりましたか

いや、単に担当者が気がついただけかも知れないけれど(笑)
東三○の某パチスロ専門店の電光掲示にあった、「HI STANDADE」なる表示、「HI STANDARD」に修正されていました。まぁ依然としてどういう意味なのかはよくわからないけれど(^_^;)

「やぁ! スタンダード!」

変わったお名前で・・・

2005 02 25 10:59 PM [Pachinko, ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.02.02

「正しい敬語」

難しいね、これは・・・
記事中にもある通り、もはやいくら「それは間違っている」と抗っても、全体としての流れを元に戻すのが困難なものも多いし、実例集があろうがなかろうが、言葉とは自然に変化し、定着し、また変化していくものである訳である。

元記事:敬語の適切な使い方示す…国語分科会が実例集作成へ

ここで触れられている「商業敬語」、これはもう年齢を問わず氾濫しているのではないか、という気がする。
私なんかよりはるかに年上のおねえさまが、「1000円からお預かりさせていただきます(あるいは「預からさせていただきます)」などと申される(笑)ご時世である。

こういう論議をする際、「敬語にも方言がある」ということも忘れてはならない。
大阪には「しはる/はります」敬語があるし、さ入れ言葉も方言にルーツがある、という説がある。
ただ、方言と言っても、文字通り地理的・地勢的な面での言語分布というだけでなく、業種・職種という切り口からみての「方言」も結構ありそうだ。

特に気になるのが飲食店(に限らないが)での「○○になります」

「こちら、セットのスープになります」と言われて出されたものを見て、
「え? そしたらこれはまだスープじゃないの? それで、いつスープになるの?」と問い返したい衝動に何度もとらわれる私である(笑)
えてして、こういう物言いをする店は、丁寧な接客を心掛けていて、かなり好感を抱くことが多いので厄介である(駅前第三ビル地下の某店の方、ご覧になってますかぁ?)
そうそう、「こちら、冬の月になります」はやめようね>江坂の某店のFくん(Yくん、君もだ)

「の方」も非常に多い。
あまりに多いので「ふくろう敬語」とも呼ばれる(今名づけた。あ、でも「ほうほう」ってふくろうみたいに・・・とは昔からよく言われていたですね)。これはもう丁寧というより冗長、しかも無意味かつ誤り。

「こちら、カードの方をこの挿入口に入れていただきまして、ボタンの方、押していただきますと、自動的に玉の方が出てまいりますので、ハンドルの方をお回しいただきますと、自動的に玉の方が発射されましてうんぬんかんぬん」
「のほーっ!」

それから、ひところ話題になった「じゃないですか」口調(半疑問形)
これも一種の(新種の)敬語の一つと捉えることができるかも知れない。
自分が断定してしまうと失礼かな、そだよね、ちょっとへりくだっとこ・・・で、
「店長、三平のシマってもう死んでるじゃないですか。猪木あたりと入れ替えたらどうかなー、なんて思うんですよね」
「そんなゼニはない!」

ここまで書いてきて、何か似たようなものを以前にも書いたような気がしてならないワタシである。
ほら、記憶力の方、だいぶ衰えてるじゃないですか。しょうがないから繰り返させていただきますよ。
そうそう、この文章、こちらで終わりになります。はい。

2005 02 02 02:34 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック

2005.01.28

もはやジョイスの域か

うむ、そうだそうだ。
わからんぞ、コイズミ!

・・・あ、当て逃げ疑惑の女性ではなく。

近事片々:漢字の読み書き

確かに「赤十字」を「あかじゅうじ」と読むのはどうかと思うが、こうして並べられると、「別にどっちでもええやん。わしかてこっち選ぶでぇ」的なものも多い。こんなもので漢字の読み書き能力を論議しよう、というのも、何だかなぁ、という感じがする。

参照記事1:小学生漢字調査:「川下」「米作」…なじみ薄い言葉に
参照記事2:小学校漢字調査:苦手な読み書き、時代を反映 初等教育研
参照記事3:赤十字は「あかじゅうじ」 小学生の漢字読み書き調査
参照記事4:「本を正す」「用いる」は死語?=小学生漢字読み書き調査

それにしても片々子の言う「小泉語」、確かにわかりませぬ。もはやジョイス並の難解さ(笑)
ただ、意図はよく伝わる。

「ケムに巻いたろう」

これだ。

2005 01 28 02:45 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (8) | トラックバック

2004.12.04

ラ行?ハ行?

夕べの「FOOT! viernes」のゲストは、DonDokoDonの平畠さん。
うちの隣の高槻出身の芸人さんである。
サッカー関係者、ライターさんなどがゲスト出演することは多いが、こういう「FOOT! people」がゲストというのは珍しい。話の中身もなかなか面白かった(^_^)

で、その中で平畠氏が語っていたことだが、ブラジウのフチボールの話をするとき、この番組のMCでもある倉敷さんの影響を大きく受けている平畠氏は、"R(エッヘ)"で始まる選手名(あるいは語中に"RR"が出てくる場合)を、ハ行で発音し、周囲の人々に奇異な目で見られるのだという。

例えば、
Ronaldo→ホナウド
Ronaldinho→ホナウジーニョ
Roberto Carlos→ホベルト・カルロス
Parreira→パヘイラ
などだ。

外国人の人名表記は本当に難しいが、取り分けオランダ人の「G」と共に、悩ましいのが、このブラジウ人の「R」であろう。
倉敷さん自身、ブラジウ国内リーグやセレソンの試合の時にはこのように呼んでいるが、それ以外の場面、例えばチャンピオンズリーグに出ているブラジウ人選手の名前を呼ぶ時は、「ロナウジーニョ」と呼んでおられる(と思う)
この辺は難しいところで、どこまでいっても所詮は日本語、正確に現地音を反映できる訳ではないので、そう発音することで雰囲気を演出できるのならハ行音、それでは馴染みが薄くて理解できないとか、違和感を感じる人が多いと思われるのならラ行音、という感じで、融通無碍に使い分けておられるのだろう。

しかし、母音の後で、その後に母音が続かない「L」を「ウ」で表記するのは、今や完全に一般化したと言ってよさそうである・・・と言いつつ、「Brasil」はやっぱり「ブラジル」と表記されるケースが大半だが(^_^;)
ともあれ、今や「Ronaldo」を「ロナルド」と呼ぶ人は殆どいないだろう。
この調子で「R=ハ行」が定着する可能性は高いと思う。

例えば、格闘技の世界のように、既に「R=ハ行」が当たり前になっているジャンルもある。
Rodorigo→ホドリゴ
Rickson→ヒクソン
Royce→ホイス
Renzo→ヘンゾ
Ryan→ハイアン
など・・・

Jリーグで活躍するブラジウ人選手も多いが、登録名そのものを「R=ハ行」で行っているケースも少なくない。
入替戦に臨む柏には、RicardinhoとZe Robertoの二人がいるが、かたや「リカルジーニョ」で、かたや「ゼ ホベルト」である。対戦相手の福岡にも「ホベルト(Roberto)」選手がいる(ちなみに、博多の森での第1戦はアウエイの柏が0-2で勝った模様)
今、ドリームチームと戦っている新潟には「ホベルト(Roberto)」選手がいる。
神戸には「ホージェル(Roger)」選手がいる。
「少なくない」というよりは、「まだ少ない」というべきかも知れないが(^_^;)、徐々に変化が表れてきているようでもある。

まぁ、なかなか難しいとこですね(^_^;)(安易なまとめ)

2004 12 04 03:04 PM [Football, ことば] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2004.11.30

毎年恒例だが

この時期になると、「X’mas」という意味不明な文字列が氾濫するようになる。
以前ahorism No.106でも書いたことだが、この文字列には、人の想像力を妙にかきたてるものがある(笑)

一方で、「Xmas」という文字列がある。
これは「クリスマス」のことである。
日本クリスマス協会のサイトでも、きちんと認められた表記である。

つまらんことかも知れないが、これしきのこと、いまどきネットで調べればすぐにわかるのだから、それぐらいの労力は使ってもいいんじゃないの、という気がするが、そもそも何の疑問も感じずに使っている人たちには、こんなことを書いても仕方ないのだろうなぁ・・・

2004 11 30 02:03 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.11.03

誤変換の愉しみ

ワープロが登場した頃からこういうことで愉しむ人々は多くいたが、今でも脈々と受け継がれているようだ。

変換ミス:「政界はお金です」…? 優秀作決定--漢字能力検定協会

かく言うワタシも、こういうネタは結構好きなのだが、本当に出現した誤変換と、無理に「作った」ものとが混在しているような気がして、コンテストにしてしまうのはどんなものかなぁ、という気はする。

それと、

日本漢字能力検定協会が8~9月、公募した変換ミス1623点から候補作20点を選び、インターネットで822人が投票して、優秀作を決めた。

ということだが、822人って、ちょっと少ないような気がするなぁ・・・

同協会は来年9月まで12回のコンテストを行い、年間変漢賞を決める。

だそうであるが、さて、ネタが枯渇しないものかどうか・・・
まぁ微妙に方言などが混ざると、途端にネタが広がるものだし、どんなものが出てくるか、楽しみではある(^_^)

2004 11 03 01:09 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004.09.06

「・・・思われます」

最近、そういう言い方をする人が多いように感じる。
彼ら流に言うなら、「多いように思われます」

なかなか興味深い。

会社でも、特に若手を中心に、この言い方が増えている。

「このような心構えで取り組むのがよいと思われます」
「こちらの案の方が取り組みやすいように思われます」
「今回のプロジェクトは失敗だったと思われます」

何となく客観的に論評している風情というか、装いが感じられる。
しかし、実際は非常に主観的だ。
主観的であることを、「思われます」によってオブラートに包む意図が見られる。

これぐらいならまだマシな方だが、こんな言い方も存在する。

「お前、なんで遅刻したんだ!」
「はぁ、昨夜遅くまで飲み歩いていたためかと思われます」

「ここんとこ、これでは固定できてへんのとちゃうか?」
「そうですねぇ、確かにちょっとマズイと思われます」

「最近の稼働の推移、どう思う?」
「う~ん、私としては、結構厳しいんではないかと思われます」

テレビを観ていても(と言っても、私の場合、スカパーでパチテレ、というのが多いのだが(^_^;))、射駒タケシ君などはよくこの言い方を使っている。ネギ坊、ルート菊嶋あたりもよく口にしているような気がする。
ということは、大体30代入口ぐらいの人より下の年代で一般化しつつある言い方、ということになるだろうか。

インターネット的に普及している書き言葉としては「思われ」で切る言い方である。

「××はクソゲーと思われ」
「もはや留年は決定的と思われ」

これも発想としては「思われます」とよく似ている(全てがそうだとは言い切れない気もするが)
おそらくは、書き言葉としての「思われ」が先行・普及し、だが、やはり話し言葉としては、「思われ」で切るのは座りが悪いと感じられて、話し言葉では「思われます」に変形したのではないか、そんな推測が成り立つ(なんてコーヒー1杯で言ってしまっていいの)

げに、言葉の移り変わりは興味深いものである・・・と思われます。

2004 09 06 04:35 PM [ことば] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック